11時から、パレスホテル大宮で開催された、深井明氏旭日中綬章受章祝賀会に出席する。
私は発起人として仕事をさせていただく。
 長い政治歴。私が初挑戦した24年前の市議選の時、県議として深井先生が駆け付けてくださり、応援してくださったことを、鮮烈に憶えている。
深井先生、上田知事、私は、当時新自由クラブという小さな政党に所属していた。
 500人もの方々が集まり、深井先生の叙勲を、我が事のように喜んだ。
深井明先生
▲多くの支援者が待つ会場に入る直前の深井先生。

  16時から、浦和駅西口で行われた、定例の民主党埼玉県第1区総支部演説会に参加する。
武正代議士、小柳市議、私の3人でマイクを持ち、チラシを配る。
小柳・さいたま市議からは、さいたま市の当初予算について、私からは埼玉県の当初予算について、各々報告をさせていただく。
武正代議士からは、社会保障と税の一体改革について、詳しく演説がされる。
今日は「母の日」。カーネーションを抱えた多くの方々が、駅前を通過された。
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▲「もう一回、民主党に入れてみる」と言う人に出会った。

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2012.05.13 Sun l 未分類 l COM(0) l top ▲
 思い返してみよう。

 3月下旬、コブシの白い花が、春を知らせるように咲いた。
不思議に反った白色の6弁花。花には強い芳香がある。
昔、農家の人たちは山にコブシの花が咲くのを合図に農作業を始めたそうだ。

 4月になると、あのように寒かったのに、きちんと鮮やかに桜の花が咲いた。
清楚でありながら欄漫と咲き、人々の気持ちは浮き立ち、街が明るくなっていった。
散って地表に花弁が敷きつめられ、美しく木々は萌え始めた。

 5月になると、新緑から濃緑へ樹木が変身を遂げた。
木々の新しい葉に乗った光が躍り、その間を通り抜ける風が薫った。
明るい太陽の輝きが、街に行き渡っている。
 
 誰がきちんと決めているのだろう。
誰がきちんとすすめてゆくのだろう。
 すっかり初夏だ。

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2012.05.12 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
  9時半から、大宮ソニックシティー前の鐘塚公園で開催された、第83回埼玉県中央メーデーに参加する。
震災の復興支援に向けたメーデーと位置づけられ、会場には被災地の物産品なども並べられた。

  メーデーは労働者の祭典だ。労働という言葉とともに、いつも私の心に浮かんでくるのは、教科書に載っていた、狭い坑道で働かされている児童の絵だ。
産業革命の勃興期、狭い坑道で働きやすいという理由もあり、何千人もの児童が炭鉱で働かされていたと習った。

 英国では1842年まで、4〜5歳の児童が合法的に地中で働いていた。
米国では、20世紀初頭になっても児童が炭鉱で働いていた。
児童鉱山労働が非合法とされるまで、1916年の最初の連邦児童労働法の成立まで待たなければならなかった。

 メーデーは、1886年5月1日に、合衆国カナダ職能労働組合連盟(後のアメリカ労働総同盟=AFL)が、8時間労働要求統一ストライキを行ったのが起源というとだ。
1日12時間から14時間労働が普通だった当時、また上述したように児童労働の過酷さがまかり通っていた時代、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、残りの8時間は我等の好きなことのために」をスローガンにメーデーは実施された。

メーデー
▲天候にも恵まれた。第83回埼玉県中央メーデー。会場は約5000人以上で埋め尽くされた。
 
 小林直哉・連合埼玉会長は「最大の課題は雇用である。雇用の安定なくして、景気回復、社会保障再構築、被災地の復旧・復興もない」ときっぱり挨拶。
上田清司知事は、原発事故の風評被害に悩む県産狭山茶の復活を強く訴えた。
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2012.04.28 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
 10時から、企画財政委員会。
平成24年度企画財政部の事業概要についてなど調査。

 12時半、武蔵野線に乗り込む。

 14時から、埼玉県議会民主党・無所属の会の再生エネルギーPT(菅県議座長)の勉強会に参加する。
畠山、菅、田並、木村、中川、水村、高木、私の仲間7人で、東芝府中事業所(府中市東芝町!1番地)に伺う。
複数のビルを群管理し、地域エネルギーを見える化やディマンドレスポンス(ピーク電力削減要請)の適性配分により、大きな負荷調整余力を実現する統合BEMSに、私は強く興味ひかれた。
 持続可能社会実現のために、埼玉県が日本を牽引しなければならない。
東芝府中工場
 
 19時から、支援者と話し合い。

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2012.04.27 Fri l 未分類 l COM(0) l top ▲
  『新日本紀行のテーマ』をふとしたきっかけで聴いた。
1963(昭和38)年から1982(昭和57)年まで放送され、18年半も続いたNHK番組で流されていた曲だ。
日本初の本格的な紀行番組。そこで流されているテーマ曲は、冨田勲の作曲だ。
私だけだろうか。この曲を聴くとなぜか感動のなか、胸の奥に日本がわき立ってくる。
  高度成長期。どんな思いでこの曲を国民は聴いていたのか。

  あの頃、みんな同じ髪型、同じ色のランドセルで通学していた。
学校の廊下は右側を歩き、給食にも食べ方があった。
個性的であることは尊重されなかったけれど、みんなが共有する目的を持っていた。
  父や母は決意というものを持って地方から出てきていた。
進学、就職、結婚、抽象的には自由を得るため、都会へ出てきていた。
人口が流入し都会は巨大になった。渦の中で希望という文字が輝いていた。

  子どもたちも、父も、母も、国も、何かに辿り着こうとしていた、あの時代。
みんながこの曲を、くちびるを噛みしめて聴いていた。

http://www.youtube.com/watch?v=wm7M1wxdahc
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2012.04.23 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲