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 12時から、高木剛・連合会長がたけまさ事務所を訪問。
連合=日本労働組合総連合会は、わが国の労働組合におけるナショナルセンター。 また現在、連合は民主党の重要な支援団体。
選挙情勢などについて武正代議士や後援会幹部で熱心に話し合われた。テレビで見た通りの重厚な方だった。
 16時から、パレスホテル大宮で開かれた、深井明埼玉県議会議長就任祝賀会に出席。申し訳ないことに壇上に座らせて頂く。
苦労人の人柄が来賓から次々語られた。1000人を超えたお祝いに駆けつけた方々。圧巻だった。
 19時から、「あさのめ県政報告会&文化フォーラム」の準備作業。
 22時から、政務調査費の会計処理。

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2008.10.31 Fri l 未分類 l COM(0) l top ▲
 18時から、浦和ロイヤルパインズホテルで開催された、埼玉日経懇話会設立16周年記念総会、そして記念講演に参加。
講演会の講師は、丸紅経済研究所々長の柴田明夫氏。テーマは「激化する食料とエネルギー市場の争奪戦~原材料高、来年はどうなる」。

 ぐいぐい引き込まれていった。講演内容主旨は次の通り。
 「世界中で食料危機が進んでいる。消費が急増し、生産を増やしても追いつかないため。世界の食料在庫は、危機的なレベルにダウン。過去の異常気象が引き起こした食料危機と異なり、一過性の問題ではない。」
 「これまで農産物は、土地と水と太陽がある限り、再生産できる無限の資源と思われていた。世界全体を眺めると水や耕地に限界がきている。食料が鉱物資源のように有限資源化したことで、価格が上昇し始めた。」
 「90年代までは人口8億弱の先進国民が世界の経済成長を担い、資源を独占して使っていた。先進国の経済成長率は3・4%。資源の需要が増えず、単に景気変動に応じ在庫が変動、価格が動いていた。」
 「2000年代になると、インド、中国などの人口大国が市場に入ってきた。とりわけ中国の消費増大による、インパクトが強い。猛烈な勢いで経済成長を遂げ、毎年新しい資源と食料需要が生まれた。一気に世界の需給が引き締まった。」
 資源価格は高止まりないしは、もっと上がるだろう。

 3つの分野で食料争奪戦が始まる。戦略的に食料を利用しようという動きが始まっている。
 まず国家間の争奪戦。昨年は小麦、今年はコメの争奪戦。食料不足を背景に暴動が起きる国も出てきた。
 次はエネルギー市場と食料市場での争奪戦。ローマで開かれた食料サミットでは、各国が危機意識を共有するはずだった。米国もブラジルも食料のエネルギー転換をやめる気はない。
 最後は限られた水と土地をめぐる農業と工業の争奪戦。世界の水の約8割は食料生産に使用。工業化が進めば、工業用水の比率も上昇。都市化の生活用水も増加。
 
 農業の担い手を特定の農家に絞り込むような単層構造はもろい。多数を占める兼業農家も巻き込み、多様な経営パターンの農家が、日本の農業を支える時期が到来した」


2008.10.30 Thu l 未分類 l COM(0) l top ▲
 15時から、陳情処理。
 20時から、第13回民主党第1区総支部幹事会に出席。
2008.10.29 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲
 14時から17時まで、蓮田駅で行われた「森岡洋一郎始発~終電駅頭」に応援に駆けつける。
小島、中島、田並、木村県議と共にリレーでマイクを持つ。
「勇者はひとり立つ時最も強し」(シラー)と言われる。国難に真っ直ぐの気持ちで立ち向かおうとしている青年。
今年子どもが生まれたばかり。私と代議士の事務所で3年間机を並べた。かけがえの無い仲間だから駆けつけた。
多くの方々に「日本はこのままでは社会も経済もダメになる」、また駅から出てこられた方から
「自民党は『今こそ景気対策を』と言っているが、リーマンの時総裁選をしていた」
などの声を頂く。
確かにそうだ。もう8月の政府『月例経済報告』で「景気は後退局面に入った」と判断され、2002年2月から続いた戦後最長の景気拡大が既に終わった観測がされていた。
何を今さら遅すぎるとみなさん怒っていらっしゃった。

 風も冷たくなってきたこの頃。しかし真剣な多くの人々の声を駅でたくさん聞くことが出来た。
1時過ぎ「無事終わりました」との報告を森岡洋一郎から受ける。
負けさせてはいけない。



2008.10.27 Mon l 「おはようございます!県政報告駅頭」。 l COM(0) l top ▲
 9時から12時まで、さいたま市役所駐車場で実施された、浦和区防災訓練に参加する。
8時から割と強い雨が降り始める。主催者は中止するか否かの判断を迫られたことだろう。しかし防災意識は常時持たなければならない。地震だって雨が降ったからこないという訳ではない。張り切って8時頃伺ってしまった。区長さんから「やりますよー」の力強い返答。
 浦和区民の防災意識を高め、防災体制を強化することが何より目的。自治会や自主防災組織等と協力して行われた。みなさん真剣だった。無くしてはならない命と財産のため、区民と行政がスクラム組みたい。
備えあれば憂い無し。


煙体験訓練。かわいらしいこの子は中に入ることを許されなかった。


応急処置訓練


起震車体験訓練

 17時から、たけまさ後援会第14回選対準備会。
2008.10.26 Sun l 未分類 l COM(0) l top ▲
 青春時代を思い返すとき、その気迫と情熱に懐かしくなる。そしてまた顔が真っ赤になるくらい恥ずかしいことを平然とやっていたことも蘇ってくる。
大学時代、弁論部という所で大部分の時間を過ごした。
政治家になりたいという者が数多くいて、時代がかった空間だった。何度も先輩の選挙を手伝いに行き、そこで多くのことを学んだ。
知識もないのにマイクをもって話すことは、あってはいけないことだと思い知った。時代を変えていくのは、不遜な特権意識を持つ者ではなく、慎ましやかな1人ひとりだということも、当時思い知った。また特権意識を持つ者の周辺には、いともたやすく権力に迎合する者がいるということも、当時何度も見つめた。

 懐かしい大学時代。20以上のアルバイトをし、書を読み、友と語り、部の活動に汗し、混沌とした未来を見ていた。この部を去って3年後に、私は初めての市議選に挑戦した。卒業して約30年。楽しい会話が弾み、当時の時間がドンドン溶け出した。二次会では酒を飲まない私が終電を逃してしまった。


OBの上田知事も思い出話を披露。
2008.10.24 Fri l 未分類 l COM(0) l top ▲
 午後から雨。街の中がけぶるようになり秋を感じさせる。妻から逐一連絡が入るが、大阪の義母の調子が悪い。快癒することを祈る。
 12時から、立正佼成会本部で開かれた、平成20年次議員交流会に参加する。
全国から地方議員が自・民問わず参加。埼玉県議も同様に民主だけでなく自民も多く参加していた。約300人の熱気。
パネルディスカッションが実施され、子殺し親殺しなど昨今の凶悪犯罪や事件などに触れ、いのちが尊ばれる社会の実現に向けて討議された。
コーディネーターはNHK政治部副部長。パネリストとして佐藤信行・中央大学法科大学院教授、酒井教雄参務など。



 17時から、知人と食事。
 21時から、政務調査費の会計処理。
2008.10.23 Thu l 未分類 l COM(0) l top ▲
 午前中から午後にかけて、総選挙に向け民主党候補予定者への推薦依頼に、各種団体・組織を廻る。 
 
 12時から、「あさのめ県政報告会&文化フォーラム」の発送事務。
 16時から、政務調査費の会計処理。
 17時から、陳情処理。
 18時から、たけまさ選対準備会企画・総務局会議。
 22時、母親の「体調優れない」との連絡入り、妻が帰郷することになった。羽田まで送る。
茂吉の「一目見んとぞただにいそげる」のごとく、妻の乗った飛行機が漆黒の闇夜に吸い込まれていった。
母のいない自分にとっては、本当の母のような義母だ。
早く元気になって欲しい。
2008.10.22 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲
 9時から12時まで、事務所で「あさのめ県政報告会&文化フォーラム」の発送事務。

 13時半から、市民会館おおみやで開催された、さいたま市戦没者追悼式に出席する。「なぜ今日このような式典を挙行するのだろう」などと考えながら会場へ。大学在学中に、新左翼の「10・21国際反戦デー」なるポスターをよく見た記憶が蘇ってきた。しかしそれは日本労働組合総評議会(=総評)がベトナム反戦統一ストを実施したことに由来し、呼ばれるようになった日…。そんなことないのかな?と思った。
 杖をつかれた方、白髪の方、遺族のみなさんも高齢となっていらっしゃる。胸が締め付けられた。
 遺族代表の河野さんの挨拶。「2歳の時に父はビルマで戦死した」「亡くなる前戦地から送られてきた何通かの父の手紙の中に、後年私の名前を見つけるたびに、私のことを思ってくれていたのだと胸が熱くなった」「高校を卒業して就職試験を受けた折、教師から『片親では難しい』と言われた」「けれども合格の電報が届いた時、父が守ってくれたと思った」。
 涙するほど感無量だった。この立派な挨拶に比し他のものは、ライターが同じなのかと思うほど、表現が似たり寄ったりだった。ともなって感動も希薄なものになってしまった。

 戦争は空しい。多くのものを失わせてしまう。しかしそのことはいつも別の所で企てられている。戦争を拒む心を各々がもつための企画であったはずだろう。しかし大戦終結から63年。長い時間の経過のせいか、式典の底流に流れるべき、決意の衝迫力が余りにも乏しくなってしまっていた。
誰のせいでもない。時間のせいだ。



 16時、埼玉県社会保険労務士会。
2008.10.21 Tue l 未分類 l COM(0) l top ▲
 17時から、ソニックシティで開催された、東京高等理容美容技学会主催・ハンサム銀座グループ共催の競技大会表彰式へ出席する。
理容師と美容師としての1人ひとりが、各々の競技種目でほぼ1日技能を競った。
 その成長の表彰を受けるたびに大歓声。当人のみならず仲間の大喜びの祝福を私も驚いて見つめてしまった。人の喜びをわがことのように感じられるのは、美しいことと強く思った。藤森英雄・大会会長からも、表彰者1人ひとりに、慰労しまた鼓舞する一言が与えられる。会場はまた興奮の渦に。毎年のことながら、素晴らしい感動の大会だと思った。




 19時から、民主党第1区総支部幹事会。
2008.10.20 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲
 9時から12時まで、事務所で「あさのめ県政報告会&文化フォーラム」の発送事務。
 16時から、浦和駅西口で行われた、定例の民主党第1区総支部の街頭演説会に参加。武正代議士、三神市議とともにマイクを持ち『民主号外』を配る。

「河川や道路の整備などの権限を地方へ移譲すること等に、官僚がスクラム組んで抵抗している。分権社会への道は困難だ。突破口開くためにも総選挙は重要」などのお訴えをさせていただく。



 18時半から、文京区の文京シビックホールで開かれた、「Cield'azur」コンサートに伺わせて頂く。私が尊敬する税理士の中村先生からのお誘い。お嬢様が東京学芸大学音楽科の卒業生仲間と企画された。同大学は亡き母の母校、少し母のことを考えてしまった。
ベートーベンのピアノソナタ第17番『テンペスト』を見事に弾かれた時、先生と一緒に盛んに拍手してしまった。

 21時から夜半まで、事務所で「あさのめ県政報告会&文化フォーラム」の発送事務。

2008.10.19 Sun l 「おはようございます!県政報告駅頭」。 l COM(0) l top ▲
 8時から、民主党埼玉県連で開かれた、代表選出予定者選挙管理委員会に出席。この忙しいさ中、代表を決める選挙を行わなければならない。

 9時から、同場所で開かれた、第7回衆院選対本部役員会に出席。いよいよの感がある。

 10時から、やはり同場所で開かれた、第10回常任幹事会に出席。各種団体との意見交換会について、男女共同参画社会に関するアンケート調査について、埼玉県に対する予算要望について、などの報告がある。

 14時から、あけぼの会館で開催された、連合埼玉議員懇談会総会に出席する。会長は丸山真司県議。


ビラには11月30日投票日と書かれてある。
2008.10.18 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
 10時から、埼玉会館大ホールで開催された、第33回浦和新舞踊連盟発表会に伺わせていただく。
故遠藤勇先生が生前心血を注いでこられた浦和新舞踊連盟。
会場のコーナーにお写真が飾られ、艶やかな踊りをご覧になられているかのようだった。

 
2008.10.13 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲
 18時から、埼玉会館にて開催された、たけまさ緊急浦和集会に参加。総選挙は近い!心をひとつに!が主旨。約400人が結集した。



2008.10.07 Tue l 未分類 l COM(0) l top ▲
  8時、故荒井松司氏宅へ。県議会開会中で通夜も本葬にも伺うことが出来なかった。お悔やみ申し上げ焼香させていただく。誰からも尊敬される余りにも偉大な元上尾市長。私が41で市長選挙に挑戦した時、選対本部長を務めていただいた。お世話になってばかりだったことを瞑目して詫びた。
 
 9時から、上尾市文化センターで開催された、上尾市市制施行50周年記念式典に出席。誰かが「松司さんが亡くなったから上尾の市長経験者は新井弘治さんだけになってしまった」と言っていた。
懐かしい元議員さんたちと再会。公明党の蓮見さん、高橋さん、元副議長の友光さん…。みんなご指導いただいた方ばかりだ。思い出は話に花が咲いた。
 
 18時から、UIゼンセン同盟埼玉県支部第7回定期総会懇親パーティに出席。佐藤支部長ご転勤されるとの報告。素晴らしい人格者だった。お世話になりっぱなしだった。
衆院選の候補予定者1人1人に推薦状が手渡された。政権奪取の熱い雰囲気が会場を包んだ。


佐藤支部長離任のご挨拶
2008.10.04 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
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