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 5時起床。「明日はスガスガしい1日になるでしょう」とラジオの深夜放送でパーソナリティーが話していた。その通りになった。妙にヤル気になり、洗濯機を回し、タオルを干したら、5階のベランダに流れてくる春風に揺れて2時間で乾いた。
 9時、県議会入り。
 10時から、警察危機管理防災委員会。一年毎にかわる常任委員会。今回はこの委員会に所属する。
県警本部関連経費は当初予算額で約1476億、危機管理防災関連経費は当初予算額で約27億。
巨額を投下している、県民にとりどちらも重要なセクションだ。
これから1年間、気を引き締め審議に臨みたい。提言提案も繰り返していきたい。
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2009.04.28 Tue l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時起き。
 6時半、仲間のみんなごめんなさい。こんなに忙しいのに、私だけ山形へ向かって出発。2年前の5月に亡くなった最愛の伯父の三回忌。日本の大部分が雨。雨滴を飛ばし東北道をひた走る。羽前米沢に向かい北へ。
 10時半から、親族約40名が集い市内西蓮寺で法要。住職から読経の後伯父の生涯を語る挨拶。愛情深く育てられた色々なことを、私は静かに思い浮かべた。
伯父がよく手を引いて連れていってくれた上杉神社では、桜が雨にけぶりながら、淡い色彩を謙虚にしかし示威していた。
私はこの神社に本当によく来た。桜の樹が「ボクよく来たね」と言ってくれているようだった。


2009.04.25 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
 11時から、熊谷・さいたま市議、石倉・前北本市議と打合せ。
 13時から、側溝の詰まりの陳情箇所見に行く。浦和区長へ連絡する。
 16時から、南浦和駅で、県議仲間とさいたま市政変革の街宣活動。岡県議、小島県議、中島県議、木村県議、私が代わり番こにマイクを持つ。途中から風強く吹く。



 20時から深夜まで、県議仲間と新聞記者さんの歓送迎会。
2009.04.24 Fri l 未分類 l COM(0) l top ▲
 皆さんのお力で、県議会に送って頂いたのが07年4月。その前後にホームページを立ち上げた。
 雨が降り始めた夕方、カウンターが20000ヒットを記録した。私の全ての真実の記録だ。多くの皆さんにお越し頂き、お読み頂き、深く感謝したい。これからも私の政治活動を軸に書き続けてゆく所存です。宜しくお願いします。


2009.04.20 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲
 6時起床。
朝は曇天で冷え込んだが、昼過ぎから青空広がりぐんぐん暖かくなる。
民主党埼玉県連で3連続会議。
 8時から、衆議院選挙対策本部実務者会議。
 9時から、衆議院選挙対策本部役員会。
 10時から、第2回常任幹事会。

 13時から、陳情処理と事務所片付け。
 17時から、大宮駅西口での街宣活動に参加。
 19時から、再び陳情処理と事務所片付け。
耳が壊れてもいいから、大音響で音楽を聴いてみたいと思う。おもしろくないこともある。
2009.04.18 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時起床。
 6時半から8時半まで、大宮駅東口で、中島、小島、田並、私の県議仲間4人で清水支援の駅頭街宣。みんな遠い所を朝早くからよく集まってくれた。
清水さんが自らだけのために手段を選ばないといった生き方をしてこなかったからだろう。
 
 ともあれ駅でチラシを配りながら思った。
さいたま市や日本が直面している事態の解決方策は、市長の各予定候補者がビラに載せている次元の話なのだろうか。
何十年も解決しない小手先の話ではないような気がする。世界が恐ろしいスピードで変化している。日本もすっかり変わってしまった。でもこうなることは分かっていた。予想も出来なかったはウソだ。こんな雇用情勢になることは分かっていた。原油などの原材料高が起き、賃金上昇が伴った。中国・インドの貧困層が購買層に転換した時期が襲ってきた。
だから特に周りを見ていた人や、大手はとうに分かっていた。だから去年の3月頃から遅れは命取りになると、人は手を打ち続けてきた。何にもわからない人や組織の普通の処方箋では荒波に漕ぎ出す小舟のようだ。

しかしここに及んでも呑気なことを言っている所がまだある。それは役所だ。行政のトップになろうとしているキーパースンが役所運営に大ナタがふるえない、完全認識錯誤では市民は悲劇だ。

各予定候補者はそろい踏みで改革を唱える。そんなこと有権者の方がとうに分かっている。
意味のない施策のばらまきの公約を示し続け、未来のデザインを置き去りにして、対処療法を笑顔で語るならば、厳しい指弾を受けるだろう。

 9時半、県議会入り。
 午前中、資料整理と陳情対応。
 12時半から、民主党・無所属の会の団会議。1年間まとめた政務調査費の公開方法など、年度初めで議事山のよう。




2009.04.16 Thu l 「おはようございます!県政報告駅頭」。 l COM(0) l top ▲
午前中、陳情処理のための電話かけ。経費支払で銀行回り。

 午後はずっと、政務調査費の最終会計処理。膨大な報告書の中で指摘を受けた箇所を修正。

 17時から19時まで、明治大学で開催された、同大都市生活イノベーション研究会で、メインスピーカーとして講話する。埼玉県非正規職員の待遇処遇を、正規職員へ近づけるための、多層的職層を形成する政策手法について講話する。
質疑応答も活発に行われた。若い人たちの熱心さは、詰まらないことに血眼になって迷走している大人たちとは較べようもない。


「メインスピーカーとして講演」

 21時から、仲間と食事。突然「浅野目は人を見る目がない」との話で段々と勝手に大盛り上がり。私は「そうかなぁ」で防戦一方。「そこがいいとこだよ」との声も出る中、「したたかさを身に付けさせよう」との有難い御忠告で流れ鮮明。
「愚者は自分の経験からしか学ばないが、賢者は他人の経験から学ぶ」とビスマルクも言っていたな。自分は変わりようもないけど、少し嬉しいお小言だったかな。

 明朝は駅だ。
2009.04.15 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲
 予報通り、午後から雨。夜にやや強くなる。天からやさしく注いだ。窓ガラスにパラパラ音をたてた。遠くで犬が吠えている。

 18時から、浦和ロイヤルパインズホテルで開催された、埼玉弁護士会新役員就任披露パーティーに出席する。
新会長は小出重義氏。私の裁判を担当して頂くなど、個人的にも大変お世話になっている、極めて力のある弁護士だ。就任挨拶では、熱の込もった、きちんと一年やり抜く決意を、堂々と来臨者に話されていた。

親族に司法関係者がいた。「社会正義を実現することが司法の使命」とよく言っていた。新役員には、ささやかながらも楽しい庶民の生活を守るため、ご奮闘を頂きたいと願った。



 21時から、事務所の片付け。
2009.04.14 Tue l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時起床。
 6時半から8時まで、北浦和駅西口で、おはようございます!県政報告駅頭。


「朝」

 9時、県議会入り。政務調査費の最終会計処理。
 13時から、元県議と打ち合わせ。
 15時から、新しいポスター原案の打合せ。デザイナーの野田さんと。
 18時から19時まで、北浦和駅西口で、お帰りなさい!県政報告駅頭。


「夜」

 20時から、明治大学紫紺館で、民主党東京都連代表代行・田中良都議会幹事長と打合せ。

9日間続いた晴天。明日から崩れるそうだ。


2009.04.13 Mon l 「おはようございます!県政報告駅頭」。 l COM(0) l top ▲
 蕾の頃が好き、五分咲の頃が好き、満開が好き、散る頃が好き…。とさくらの評価は人様々だ。

 しかし私は、飯田橋の学生時代、混沌としていた未来を見つめていた頃のさくらを忘れ去ることは決して出来ない。風に降りしきるさくらが一番好きだ。
千代田区の北端、外堀に架けられている橋が飯田橋だ。そこから南へ細く伸びている桜並木に、この季節いつも胸を苦しくしていた。
このころ四つのことしかしていなかった。
働く、書を読む、あちこち歩く、考え事ばかりする。

 あの頃、総武線の黄色い電車が行き交う鉄路の軋む音が崖の下から駆け上がってくるのが聞こえていた。
さくらの花々が、淡い光彩の尾を引いて、静かに強く風に流れ、降りしきっていた。私はいつも立ちつくして見つめていた。

 何もかもをやさしく包んで、今日、さくらの花が散っていった。


2009.04.12 Sun l 未分類 l COM(0) l top ▲


 14年前の4月、私が36彼が33。私は上尾市議三期目、彼は上尾での県議選立候補予定者。改革への挑戦をすることについて、いつまでも熱心に語り合った。だが彼はこの県議選に敗北、政治浪人生活に入る。彼が敗れた後、「ねぇトラメガを借りたいな」と頼んだりすると、気前良く「使っていいですよー」と彼は言ってくれた。気が合い仲良しだった。

 しかし突然彼と会えなくなる。上尾から引っ越していった。衆議院議員の秘書になったと人伝に聞いた。どうしているのか毎日気になった。

 9年前に今度は私が政治浪人生活に入った。6年前に彼は初当選を果たした。自民と非自民、不思議な二人で14年前と逆の党派で、埼玉県議会議員として2年前に再会した。彼の名前は清水勇人。

 清水県議は文教委員長等を歴任。議員提案の条例を矢継ぎ早に立案させるなど目覚ましく活躍していた。14年間の時を埋めるように、定例議会後には必ず誘い合って飲んだ。

 3月26日のブログにも書いたが、挑戦心充ちて彼は県議を辞職した。2週間後には民主県連は、彼と政策協定結び支持を決定する。自民直前離党を非難する人もいる。だが考えて欲しい。幕末、攘夷派は即刻開国派に変容した。このことは明治維新の原動力だ。高杉晋作も伊藤博文も当初は攘夷派だったのだ。

 22時から、二人だけで、久しぶりに話した。「未来に危機感を抱き、改革に挑戦したい」と話してくれた。14年前の彼が感動とともに蘇ってきた。少しも変わっていないことが、誰よりも嬉しかった。
2009.04.10 Fri l 未分類 l COM(0) l top ▲
本当にそこまで行くのか。
そうきかれた。
私はハイと答えた。

本当に歩いて行くのか。
そうきかれた。
私はハイと答えた。

本当にひとりで行くのか。
そうきかれた。
私はハイと答えた。

桜色の春の光を全身に受けながら
オートバイのタンクにガソリンがたまるように
勇気が私の体に充ちてくる。

強く吹く薫風を全身に受けながら
オートバイがどこまでもまっすぐ走るように
未来へ私の心は走り出す。

2009.04.09 Thu l 未分類 l COM(0) l top ▲
 18時から、大宮駅東口で行われた、連合埼玉が主催する、09年春季生活闘争第四次行動・全国中小労組活動の街宣行動に参加する。
 秦県議、中島県議、木村県議とともに4人で、「雇用と自立支援のカンパを」等と書かれたティッシュを帰宅を急ぐ方々へ配る。「頑張って」のお声かけをたくさん頂く。

外需に牽引されてきた日本経済。政府の復活想定図はやはり外需の復活だ。しかし欧米の底入れの兆しは見えない。

 
2009.04.08 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲
 10時、埼玉福祉専門学校の野村先生、飯塚事務局長。
 11時、総務部学事課。
 17時、浦和駅から深谷駅へ向かって出発。中島県議、木村県議とともに3人で。途中の熊谷駅で田並県議と合流。
 19時から、深谷公民館で開催された、政治を身近にする会=小島すすむ県政報告会に出席する。
司会は田並県議。小島県議から熱のこもった県政報告が行われた。彼の話を聞きながら、私は彼と出会えた運命につくづく感謝した。そして彼のような政治家の登場を、支持者の方々はどんなにか待ち望んでいたのかと思った。
 「シンポジウム県議会って本当に必要?」では、中島、木村、浅野目の3人が、県政の質問を受けながら考えを応答する。というスタイルで進められた。充実し質疑応答も活発に展開した。
我々が体験しまたこれから待ち受ける多難について話がされ、諦めずやり抜こうとすることが必要との話もされた。



2009.04.07 Tue l 未分類 l COM(0) l top ▲
 8時から、陳情処理のための電話かけに忙殺される。
 11時から、学校法人古藤学園・浦和専門学校の入学式に出席する。多くの国、色々な故郷からの入学生。「大山は土壌を譲らず故に大山を成す(どんな一片の岩をも大切にするから大きな山でいられる。かつて中国で王が出身地が異なるというだけで部下を切ろうとした。その事をたしなめて側近が王に進言した時の言葉)。皆さん仲良くして、目標を達成して下さい。」と挨拶させて頂く。

 15時から、高橋克郎・浦和警察署長。

 街中で、桜花爛漫。春爛漫となった。
2009.04.06 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲
 9時から14時まで、私のチラシを5時間ポスティング。大東→木崎→領家→北浦和。久しぶりに身に付けた万歩計は1万超を指していた。
誰が何て言ったって、最高の桜と確信している、コンビニの駐車場で枝を広げている桜の樹がある。今年も再会する。「今年も会えましたね。感激!綺麗ですね」。



 15時から、上尾市の遍照院で執り行われた、故北西兵造儀合同葬に参列する。
北西兵造氏は平成2年~10年迄、上尾商工会議所会頭として活躍された。おやさしく何事にもご熱心なお人柄だった。ご指導頂いた。
「市長選挙では温かい言葉をかけて頂きました。ありがとうございました」手を合わせ焼香する。

 18時から、調神社境内で行われた、お花見に参加。県庁通り青年会など三会場伺う。
2009.04.04 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
 良くない。
気合と懊悩が相互訪問している。間隔狭く慢性化している。何かに没頭すればと考えラーメンを作ったりする。泣けるほど普通の、いや普通以下の味。猫にあげよう。麺好きの彼女なのに、後退りしながらウナっている。
ナビみたいに「到着時間は…」ってこの気合と懊悩振り子の終了を知りたい。
 
 午前中、政務調査費の会計処理。
 14時、学校法人古藤学園浦和専門学校の荒川理事長。
 14時半、埼玉福祉専門学校の野村先生。
 16時、救う会埼玉の竹本代表と斎藤和雄氏。斎藤氏は教え子だった。
  20時から、気合と懊悩振り子からの逃走をしようぜ。という訳で、民主の県議仲間でわいわい焼肉を食らいながら激論。
2009.04.02 Thu l 未分類 l COM(0) l top ▲
 森の中を深夜走ったことが何度もある。まだ十代の頃だ。「お越しください」と言われ、どうしても行きかったそのお宅にお邪魔させて頂くと、ついつい、「もう少しいたら」を真に受けてしまい甘えて長居し帰りが遅くなることがしばしばだった。
独り暮らしだったから慌てなくてよかったはずなのに、一直線に帰宅をしたかった。急ぎ森の中を走っていた。
 あの時、一回だけ道に迷ってしまったことがある。私は落ち葉の上に足をこわばらせ一人息を荒くして立ち尽くした。鳥が激しく飛び立った真上を見上げると、月が滴るような光を溢(こぼ)していた。そこには木蓮の巨木がすっと立っていた。清楚な香りが降ってきて私を包んだ。

 尻に火が付くまで平然としている。悪い性格だ。政治団体の収支報告書は、締切日ギリの昨日提出した。明後日締切の政務調査費の報告書作成で忙殺中。相変わらずケータイに陳情・相談・依頼多し。当たり前のことだ。けど仲間の県議は全員視察調査に出かけてしまった。
疲れていてしかも話し相手がいないと気付いた。何日も前から、おついたちには大切な人の幸せを祈りに、手を合わせに詣でる決意であったことを思い起こした。調神社までビラをポスティングしながら歩いていった。

 おついたちの今日、十代のあの時の深夜のことを、調神社のうっそうとした樹々の中で、突然胸を締め付けながら思い出していた。
 
 「浅野目さんでしょ」と境内で急に声をかけられた。私のことを知っている。票も入れた。と言われた。
「細くなったんじゃないの」「いえ髪が伸びちゃったから」。
 親しくなり、森の中を走り続けて不意に邂逅した木蓮の巨木の話をした。すると70代とのその女性は「ありがとう」と静かに言われ、私を驚かせた。「ありがとう」はいい言葉だと信じられた。
「なぜですか」と訊くと「ありがとうだからですよ」と、美しく笑って応えられた。
 
 今日はおついたち。
木蓮の巨木にも「ありがとう」の言葉にも、私は不意に出会うことになる。目の前に邂逅は突然にやって来る。招いたのでない。否招くことは出来ない。時空を超えてやって来る。誰が用意してくれているのだろうか。人知を超えて不思議な出会いを神はつくってくれる。精神が体の内にあるように、運命の内に邂逅がある。
2009.04.01 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲
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