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 9時半から、団会議。
 10時から、臨時県議会。
 埼玉県人事委員会が15日「県職員の夏季ボーナス(=期末・勤勉手当)を支給予定の月給2・15月分から0・2カ月分減額せよ」と、知事と議長に臨時勧告したことから、大急ぎで臨時県議会の開会となった。
人事院が国家公務員の夏季ボーナスを0・2カ月分の引き下げを勧告したことなども考慮された。

減額の勧告は初だそう。県によると減額の対象になるのは約6万人!試算では1人当たり平均約8万円の減額となり、総額約54億円の削減となる条例の審議となった。改めて少しいじっても莫大な影響のあること思い知る。県庁はでかい。
 また、埼玉県議会議員の期末手当についても、減額条例が上程された。これは92人で約1900万円(1議員平均約20万円)の減額の条例の審議。

この経済減速の情勢。いずれの条例も可決された。

 15時から17時まで、団会議。我々民主党が2年間行ってきた政務調査費の公開作業と、議会で定められた使途基準の差異について研究。
やはり我々の方が格段に優れている。

 18時から、調整幹と年に一度の懇親会。調整幹は県庁各部局と議員との連絡調整を担う役職の方々。17人いらっしゃる。いつもお世話になっていながら、今ひとつ各々どんな方々なのかがよくわからず少し物足りなさを感じていた。人となりがよくわかり、楽しいひとときだった。酒の飲めない私が二次会までお付き合いさせていただき大盛り上がりだった。
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2009.05.29 Fri l 未分類 l COM(0) l top ▲
 朝、川原湯温泉の女将さんに「今日は誕生日だ」と話したら、「去年もそんなこと言って騒いでいる人がいた…。あんただ!」と言われ笑われる。
 民主党は、国が行うダムの建設事業を廃止した場合等に、特定地域で公共用施設の整備や住民の生活の利便性の向上、産業振興に寄与する事業を行うことにより、当該地域の住民の生活の安定及び福祉の向上を図る。としている。公共事業中止後の「地域再生・生活再建支援法案骨子」をとりまとめ「ダム事業の廃止等に伴う特定地域の振興に関する特別措置法案(仮称)骨子案」をつくった。
http://www.dpj.or.jp/news/files/090520public_comment.pdf
 昨夕から、昨年同様急ぎ足で見て回る。様子を見ること出来て良かった。来年も誕生日に来てしまうのだろうか。





 昼から、井上眼科クリニック。調子よくない。
 夕方、県議会入り。29日に開かれる、臨時議会の政務調査。

 行徳哲男著『感奮語録』車中で読了。
2009.05.27 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲

「勝ったー!」

 当選報告会場は、熱気と歓声にに包まれていた。
清水氏の長男の頭を撫でながら「お父さん頑張ったねー」と言ったら、突然腕で涙を拭っていた。
感受性の強いよい子に育てたと思った。





遠く深谷の地から何度も何度も応援に入ってくれた、小島進県議と深夜食事をとった。
「よかった」「よかった」しかもう言葉がなかった。

2009.05.25 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲
 4月10日のブログにも書いた。清水とは友人。友人のことは気になってしようがない。
県議会に来て残念に思ったのは、自民党の中で、彼が思い詰めて辛そうにいつもしていることだった。のびのび興奮して仕事をしている私とは大違いだった。
かつての政治の師、土屋知事が知事公邸を去る際、県議で見送りに来たのは清水だけだと聞いたことがある。
条例をコツコツ作り上げ、上田知事からミスター議員立法と言われていた。
清水はそういう男だ。全然違うところを見ていた。

 「全然違うところを見ている」私たち民主の仲間と気が合わないはずがなかった。
誰が清水を民主市議団に猛烈にセールスし、誰が清水に敢然と自民離党を迫り、誰がこの戦いのプロデュースをしたのか。歴史の箱の中に閉じ込めておこう。

 浦和駅東口、最終日の夜12時近く、清水は他陣営からにじり寄られて「なぜ自民党を離党して民主から出ているんだ!」と責められていた。
 清水は全然違うところを見ていた。仲間の県議の我々も全然違うところを見つめていた。
国家が権力に食いつぶされ、都市が権力に蹂躙されるのを、全力で阻止したかった。それだけだ。
よって、権力に迎合し、新時代の扉を開ける者を払いのけようとする勢力と必死に戦った。
我々は何と戦っていたのか?を静かに回想している。
このことがたった一つの回答だ。

追記
小島進県議に「最終日は夜遅くまで駅に立ち続ける」と話したら、「浅野目ちゃん、駅に立つ同志にパンを配ろう!」と言われる。
「いいねぇー!」私は興奮した。
しかし結果は配れなかった。理由が小島ブログの最後の方に書かれている。泣ける話…。。。
http://plaza.rakuten.co.jp/ojiya/diary/200905250000/
2009.05.24 Sun l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時起床。
 6時半から8時半まで、大宮駅東口で、市政改革の街宣活動。「おはようございまーす。鳩山由紀夫代表、初の地方遊説で大宮へ来ます」「六選を阻むために大宮へ来ます」。そう言うとビラがドンドンなくなっていった。
 11時から14時まで、大宮区大門町で、鳩山来援のチラシをポスティング。

 14時半から16時まで、大宮駅西口そごう前で、鳩山由紀夫の街頭演説会。代表就任後場初の遊説。木村県議と報道対応の仕事。見たこともない圧倒的な人の数だった。清水必勝のため気迫に満ちた代表の訴え。聴衆に感動を与えた。



 18時から20時まで、さいたま新都心駅で、市政改革の街宣活動。「お帰りなさーい。民主、自民との一騎討ちです」。この駅もビラの取りがいい。
2009.05.21 Thu l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時起床。
 6時半から8時半まで、大和田駅で、市政改革の街宣活動。「おはようございまーす」「一騎打ちです」「鳩山由紀夫・民主党新代表が、支援のため明日大宮入ります」と大きな声でお話しすると、飛ぶようにビラがなくなっていく。
 朝から暑かったが、風なく、昼も厳しい暑さが続いた。
 14時から16時まで、鳩山代表来援のお知らせ法定チラシを大宮区桜木町にポスティング。4人の県議(小島進、田並尚明、山川百合子、私)で2600枚。
 16時半から、大宮駅西口で、民主候補と合流。
 17時から、さいたま市議会で、チラシ折り込み作業。
 18時半から20時まで、南浦和駅で、市政改革の街宣活動。「お帰りなさーい」「一騎打ちです」「鳩山由紀夫・民主党新代表が、民主支援のため明日大宮入りすることが決まりました」と大きな声でお話しすると、やはりこの駅でも飛ぶようにビラがなくなっていく。
2009.05.20 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時起床。
 6時半から8時半まで、大宮駅東口で、市政改革の街宣活動。7時頃から太陽の光が駅前広場に強く注ぎ始めた。ビラの取りとてもよい。
 11時から、鈴木孝司氏御母堂葬儀参列。
 12時から16時まで、小島進県議と企業や特養訪問。
 18時半から20時まで、岩槻駅で、市政改革の街宣活動。帰宅を急ぐ人々に、大きな声でビラを配る。
2009.05.18 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲
 14時から、大宮駅東口で。
そして14時40分から、大宮駅西口で。
清水支援のために、渡辺喜美元行革相がマイクを持つ。
写メを撮る人々が押し寄せる。デッキの上は人で埋まる。熱気であふれかえった。


2009.05.17 Sun l 未分類 l COM(0) l top ▲
 13時から、大宮駅西口で、市政改革の街宣活動。
ビラを取る人々に、党首の話題を話しかけられること多かった。


2009.05.16 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
 18時半から20時まで、日進駅で、市政改革の街宣活動。ビラを配りマイクからお訴えする。冷たく強い風が吹いた。
温かい缶コーヒーをさがしたが、ある訳がなかった。
2009.05.15 Fri l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時起床。
 6時半から8時半まで、東大宮駅東口で、小島進県議と市政改革の街宣活動。
東口と言うところは昇る太陽の光が注ぐ所。眩しく汗ばむ暑さだった。

 16時、浦和駅西口に、前原・民主党前代表来る。あっという間に200人を超える人だかりが出来た。


2009.05.14 Thu l 未分類 l COM(0) l top ▲
 今日、哲学者であり、啓蒙思想家の行徳哲男先生にお会いした。会えるだけで心が震えた。小島進県議が会わせてくれた。
 「私は、理屈や計算で行動を起こしたことが、今までの人生一度もありません。何か突き動かされるもので動いてきました」と行徳先生にお話した。
先生は笑って「そうですか」と話された。この方があの名高い行徳先生か。怒られてしまうのだろうか。少し不安に思っていた。
先生は続けられた。「吉田松陰は『狂愚誠に愛すべし、才量まことに虞(おそ)るべし』と言った。計算する頭のいいだけの人間がいかに恐ろしく動くかを知っていたのです。あなたの通りで全くいいのです」。



「浅野目さん、変乱扇起者となりなさい。松蔭は波動を起こした。幕末を揺り動かすエネルギーを生み出した。今の日本に一番必要なのが変乱扇起者なのです」。
「味のある人間がいなくなった。頭山満翁はこう言いました。『世界中には色々な料理がある。しかしこの世の最高の味は人間味という味だ。料理の味は腹の中に入れば忘れてしまうが、人間の味はいつまでも生き続ける』。感受性の強い味のある人間になるのです」。

 その夜、心の中に熱いものを入れて、私はなかなか寝付かれなかった。
2009.05.12 Tue l 未分類 l COM(0) l top ▲
 13時頃から、小沢一郎・民主党代表の辞任表明のニュースがテレビに流れ始める。
秘書の件以来、日本中で「辞めろ辞めろ」の大合唱の70日間だった。しかしこのニュースが報じられると今度は、民主党県連に「なぜ辞任を阻止出来なかった」の電話が殺到らしい。
私は代表の政治力に特段思い入れは無い。政治姿勢が代表と近いと思ったことも無い。
 しかし、冷静さを失い雪崩打ちをかけ罵詈雑言を吐く態度。溺れさせて沈ませた後に、でもいいトコもあったよなあと呟く態度。
そもそもみんな起訴状は読んだことがあるのだろうか。
田中角榮氏、鈴木宗男氏、佐藤優氏への世の声もそうだった。世相の雰囲気で感情むき出しになり、溺れた者にさらに杖刑を与えるがごときである。落ち着いたら、小沢一郎再評価を厚顔にもやるに違いない。
そんな態度は人として絶対にしたくないと、静かに思ったりしている。
 何か変だ。

 17時半から、河村たかし・名古屋市長が応援に来る。


2009.05.11 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲
 さいたま市長選が今日告示された。現職と新人5人の計6人が立候補した。
市長の選挙期間はふつう7日間だが、さいたま市は政令指定都市。倍の14日間の舌戦。
投開票日は24日。長丁場だ。
2009.05.10 Sun l 未分類 l COM(0) l top ▲
 朝8時から夜9時まで、ビラポスティング5700枚、万歩計60000歩。
明日(告示日)から配れなくなる党のチラシを、暗くなるまで1人配り続ける。
青空広がり、家々の庭には花が咲き乱れていた。歩いていると色々なことに思いがはせられる。
明日から選挙が始まる。体の後ろが全部痛い。
2009.05.09 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時起床。
 6時半から8時半まで、東浦和駅で、市政改革の街宣活動。
激しい雨の中なのに、ビラに手が伸びた。スーツがぐちゃぐちゃに。
2009.05.08 Fri l 未分類 l COM(0) l top ▲
 5時半起床。
 北浦和駅に向かうバスの中で、わずか10分の間、屈み込んでしまい熟睡。少し疲れている。
 新子安駅で人身事故との報。京浜東北線が全面運行停止。大切な命がまた失われた。経済情勢のためなのかな。政治の役割がもっとあるはず。などと思い悩む。混雑の中やっとのことで南浦和駅に着く。
 
 6時半から8時半まで、同駅東口で、市政改革のための街宣活動。「おはようございます!」とご挨拶しながらビラをひたすら配る。



 16時から、税理士の井上一生先生と懇談。「本が出来ました。第1号差し上げますよ」と来訪された。素晴らしいご著書『資金繰りが崖っぷちのとき読む本』。今晩読ませていただこう。「結局は利他というのかな。自分のためだけでなく、人助けが基本ですよね」で共感し盛り上がる。

 18時半から20時半まで、やはり南浦和駅東口で、市政改革のための街宣活動。「お帰りなさいませ!」とご挨拶しながらビラをひたすら配る。
2009.05.07 Thu l 「おはようございます!県政報告駅頭」。 l COM(0) l top ▲
 朝から空は真っ黒。パラパラ雨。
 8時、北浦和駅行のバスに乗っていたら、市長選のことで声をかけられる。少しずつ関心が高まっているようだ。
 今日は菅直人・民主党代表代行が、選挙直前応援で浦和駅、大宮駅などに来る日。「自分の力は小さく人手が足りない」と漏らしたら、小島進県議が「手伝いに行くぞー!」と言ってくれた。
 深谷から1時間以上かけてやって来てくれて、3時間街宣活動。また1時間以上かけ地元の葬儀のために帰って行った。

「また来るから。いつでも使ってくれ」駅に入っていく時の言葉のカッコ良かったこと!ありがとう。


2009.05.06 Wed l 未分類 l COM(0) l top ▲
 駅に立ってマイクを持っていたら、
突然ケータイショップからRCの『君が僕を知ってる』が流れてきた。
追悼リクということなのか。
正直やばかった。
様々なことが去来し、通行しているみなさんに訴える力がダウンしそうだった。

 何日か前に書いた『トランジスタ・ラジオ』と同じくらい影響を受けた曲だ。
けれど、この曲で涙を流したことの方が多いかもしれない。

 有線で放送禁止になってしまった曲。 歌詞がレコ倫に引っかかった曲。
FM東京を徹底的に罵倒し放送自粛になった曲。
歌詞が問題と指摘され急遽発売中止になった曲。発売が拒否された!曲…。こういった話題の曲を惜し気もなく彼は提供し続けてくれた。

 問題児、反逆者、厄介者といつも彼は呼ばれていた。
アウトローで権力を揶揄するものは、理解者がいない。
現状を否定し、規則を嫌うものには、理解者がいない。
世の決まりを守らず、人の言うことを聞きたくないものには、理解者がいない。

 でも彼は歌っている。
「僕の事すべてわかっていてくれる♪上から下まで全部わかっていてくれる♪」
http://www.uta-net.com/user/phplib/view_0.php?ID=13499
 
 本当は一人ぼっちはさびしかったはず。
君にはわかってほしい。と歌っていたのだろうか。
わかってくれるのは君だけだ。と歌っていたのだろうか。

 僕も頑張るよ。そう誓いながらマイクで政治の改革を訴え続けた。

2009.05.04 Mon l 未分類 l COM(0) l top ▲
 11時から18時まで、南浦和駅で、木村県議とさいたま市政変革の街宣活動。代わり番こにマイクを持ち、ビラを配る。とにかく暑かった。ふくらはぎが痛みだす。ガチヘタる。
でも多くの方に声をかけて頂き、遣り甲斐があった。
明日もこの駅だ。


2009.05.03 Sun l 「おはようございます!県政報告駅頭」。 l COM(0) l top ▲
 RCの忌野清志郎がこの世から去った。
綺麗で叙情的なラブソング、体制に迎合しない者への讃歌。

 実は私が初めて買ったレコードは、RCの『トランジスタ・ラジオ』だった。
 ポケットにトランジスタラジオを忍ばせ屋上で授業をサボっている。
君の知らないメロディー、聴いたこともないヒット曲が流れている。
そんな歌詞は、当時の私と同じ姿だった。
「君の知らない♪」と彼は曲の中で何回も歌い続ける。君とは体制のことだ。
そして授業を抜け出しラジオを聴いてるこんな気持は、
「上手く言えたことが無い♪」とリピートしながら「無い」が「愛」に変わってゆく。
孤独ではあるけれどしかし孤高。みんなこそ何をやつているんだ!
自分は楽しいぞ!とのメッセージ性に、当時私はしがみついていた。
彼の歌を聴いていると、チェーホフが言った
「教育。『よく噛むんだよ』とお父さんが言う。そこでよく噛んで毎日2時間ずつ散歩をして、
冷水浴をした。だがやっぱり不幸せな無能な人間が出来上がった」
という言葉を必ず思い出す。

馬鹿みたいにみんなが同じ価値観で生きていくことの下らなさを、
彼はよく了解していた。
頬が青い私も理解しようとしていた。

 氷室京介は81年RCの野音ライブに行き、バンド結成を決意した。
甲本ヒロトはREMEMBER YOU でダブルボーカルをとっている。
私の大好きなこの2人だけでなく、多くの人が影響を受けた。
何より、この私も清志郎から人生の見つめ方と歩み方を教えてもらった。
深い感謝しかない。
2009.05.02 Sat l 未分類 l COM(0) l top ▲
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